【てくてく空間社】別所沼公園『ヒアシンスハウス』編 | 東京のリノベーション会社・空間社の事例

03-5707-2330

MAGAZINE

【てくてく空間社】別所沼公園『ヒアシンスハウス』編


スタッフがぶらぶら訪れた場所のレポートをお届けする「てくてく空間社」。
今回は、中山がさいたま市南区にある別所沼公園をてくてくしました。

詩人が夢見た理想の住居:風信子(ヒアシンス)ハウス

中央線沿線が主な行動範囲の僕が、なぜ埼玉の公園へわざわざ訪れたかというと、目的は公園内に佇む1軒の小屋。
それが、この『風信子(ヒアシンス)ハウス』です。

ヒヤシンスハウスの全体像。小屋のそばにあるポールは、在室を示す旗を掲げるためのもの。

設計したのは、建築界からも将来を嘱望されながら、1939年(昭和14年)に若干24歳の若さでこの世を去った詩人・立原道造。
歴史上、有名な小屋といえばコルビジエの「カップマルタンの休暇小屋」や、鴨長明の「方丈庵」がありますが、この風信子ハウスはあまり知られてはいません。というのも、悲しいことに立原の生前に完成を果たせなかったためなんです。

現在、別所沼公園内にあるのは、立原の残した設計図やスケッチを元に、市民や企業、行政による「ヒヤシンスハウスをつくる会」が建てたもの。ここからは、写真で見ていきましょう。

屋根は片流れ。大きな窓のある方が高くなっています。訪れた時は時間が遅くて、雨戸が閉められ中を見れませんでした・・・残念。

裏側はこんな感じ。こちら側の窓も開くようです。

玄関に続くアプローチ。飛び石の先に置かれた石は、視覚的な境界を持たせる「アイ・ストップ」なんだそうです。手前には、雨水をためておくための瓶が置かれています。

玄関はあえて室内側に凹ませてあります。これは、一室のなかにパブリックな場所と、プライベートなスペースのメリハリを出すため。


内部は、こんな感じ。窓を開けると、出隅に一本の柱が立っています。耐震性確保のために壁が必要という現代建築の思想には見られない、伝統的な設計だと言われています。
<ヒアシンスハウスの会HPより>


ベッドや仕事机、棚、椅子、”風景”など、立原が必要としたエッセンスが凝縮された室内。
<ヒアシンスハウスの会HPより>


立原によるスケッチ。
<ヒアシンスハウスの会HPより>

僕は、窓がひとつ欲しい。

立原は1938年執筆の草稿「鉛筆・ネクタイ・窓」で、こんな言葉を残しています。

 僕は、窓がひとつ欲しい。

 あまり大きくてはいけない。そして外に鎧戸、内にレースのカーテンを持つてゐなくてはいけない、ガラスは美しい磨きで外の景色がすこしでも歪んではいけない。窓台は大きい方がいいだらう。窓台の上には花などを飾る、花は何でもいい、リンダウやナデシコやアザミなど紫の花ならばなほいい。

 そしてその窓は大きな湖水に向いてひらいてゐる。湖水のほとりにはポプラがある。お腹の赤い白いボオトには少年少女がのつてゐる。湖の水の色は、頭の上の空の色よりすこし青の強い色だ、そして雲は白いやはらかな鞠のやうな雲がながれてゐる、その雲ははつきりした輪廓がいくらか空の青に溶けこんでゐる。

 僕は室内にゐて、栗の木でつくつた凭れの高い椅子に座つてうつらうつらと睡つてゐる。タぐれが来るまで、夜が来るまで、一日、なにもしないで。

 僕は、窓が欲しい。たつたひとつ。

小さな窓辺に置かれた、ヒアシンスの花。

暮らし方を叶えるために、建築が何を出来るのか。
そんな立原の問いかけと解が、この15㎡の小さな小屋に詰め込まれているような気がしました。

ヒヤシンスハウスは、水・土・日・祝日の午前10時~午後3時に一般に開放されており、中に入ることができます。
ご興味のある方はぜひ、訪ねてみてください。

●関連リンク
ヒアシンスハウスの会
もうDIYでいいよ-風のヒヤシンスハウス

●別所沼公園
所在地:南区別所4-12-10
交通:JR埼京線中浦和駅下車 徒歩5分
※無料駐車場あり

おすすめの事例